第4回春画展示研究会

京都で行われた春画展示研究会(3/28)のレポート。4/13追記。

 春画展示研究会は、春画そのものを研究するのではなく、春画を展示するとはどういうことかについて考える研究会。第4回の今回は、初めて実物の展示をともなう。現在の日本で春画の現物を見る機会はほとんどなく、どこに春画があるのか所蔵の情報すら公開されていないことも多い。
 京都の国際日本文化研究センター日文研)には春画が現在400点程収蔵されているが、このコレクションも普段は展示されておらず、国内に貸し出されることはほとんどない。今回は研究会に合わせた一日限りの展示、そのコンセプトは「時代ごと」「厳選して」「できるかぎり揃いで」*1。すべての絵には(この日のためだけに)キャプションが付され、時代や絵師の名前だけでなく、どういう人か、どういう状況か、書き入れの内容などが書かれている。ちなみにこの日は写真撮影も自由。

参考:「(報告)文化資源学会で春画資料を展示@日文研
 http://egamiday3.seesaa.net/article/393266102.html

 午前中はたっぷり春画を見、午後は研究会。
 大英博物館とは違い、日本人ばかりに囲まれて春画を見ていて感じたのは、まず春画に描かれているセックスがどの程度江戸時代の現実を反映しているのか、そして現在見る私たちはそれをどの程度当時の現実の反映だと考えるのかという問題。春画に描かれているセックスは「リアル」な性生活というより妄想と定型の産物だろうと私は自然に思うが、それはたぶん私自身が(絵画的な)性的フィクションに慣れているからで、いま春画を見る人の誰もがそう思うわけではない、らしい。男・女・若衆の3Pなど、本当にあったのか、妄想だとしたらどういうタイプの妄想なのだろうか、この絵を見る人はいったいどういう立場で、誰に感情移入して、見ていたのだろうか。
 もうひとつ私が知りたいのは、人気のある絵師の条件。誰もがさまざまなシチュエーション、さまざまな登場人物を描いていたということは、(少女ならこの人、熟女ならあの人、とかではなく)それほど絵師の層は厚くなかったということだろうか。どちらの疑問も、まず、当時の人々が何を求めて春画を見ていたのかが明らかにならないことにはどうにもならない。もちろん「当時の人々」だって、同じものをさまざまに見ていただろうが……。

石上阿希「大英博物館春画展へのリアクション―日本開催困難は「奇妙」なことなのか?」

大英春画展チームの一人、石上さんによる発表。

1 大英春画展レポート
・内覧会での反応=おおむね好評
・英国内メディアでの反応
 最初の記者会見後、「これほどきわどい展覧会がイギリスで開催されたことがあるだろうか」と報道された。展覧会は研究成果発表の場であり、大英博物館側は、メディアに対してカタログを送る、会見をするなどの対応をした。結果、開催が近づくにつれ、内容に踏み込んだ紹介が多くなった。
 各紙での展覧会のレビューも好意的なものが多い。セックスの楽しみ、暴力的でない、女性も楽しんでいる、など。一方で、性器が頭から離れず気分が悪くなった、というレビューも。

 また、大英博物館では展覧会に合わせてタイモン・スクリーチ氏の講演や、女性限定で春画について語る「whose pleasure?」というイベントなどさまざまな企画も設けられた。


2 日本の反応
 春画展はイギリス(だけ)のことであるにもかかわらず、日本でも多く記事になった。開催前から新聞記事などで取り上げられ、それを受けて Twitter でも話題に。特に Twitter が盛り上がったのは、「春画展開催」の記事、大英博物館の会見、「日本の美術館は拒否」の記事という三つのタイミング。また実際に春画展が始まると、展覧会を見た人のレポートもさまざまなメディアで見られた。朝日新聞では春画特集「はじめての春画」(20140317)も。この記事は局部を桜の花びらで隠しているのがポイント。
 関連書籍もあれこれ出版された。

日文研の人たちも関わっているまともな(?)本。kindle 版もある。
春画 日本の性愛芸術 (タウンムック)

春画 日本の性愛芸術 (タウンムック)

↑こっちは便乗本。裏表紙は「裸弁財天」のフィギュアの広告。
芸術新潮 2013年 12月号 [雑誌]

芸術新潮 2013年 12月号 [雑誌]

芸術新潮での特集。春画展カタログの代わりにもなる充実ぶり。


3 日本開催は何故難しいのか、あるいは、なぜ東京では春画を展示することができないのか
・美術館・博物館
 大英春画展は日本への巡回を考えていたが、いまのところ受け入れ館が見つかっていない。日本の美術館・博物館は春画展の開催に消極的。メディアを通じて流れている博物館関係者のコメントとしては、「博物館・美術館は社会教育施設であり、「アート」を展示する美術館では「ポルノ」は展示できない」、「年齢制限は小中学生に積極的に来てもらう館の方針に反する」、「性の問題は「芸術だから」では片付かない」「観客が問題とするケースがある」など。

・本屋での春画
 かつて白抜き、ぼかしなどの規制があったが、現在では春画の出版物に関する規制はない。春画のコーナーを設ける書店もある。
 大英春画展は雑誌にも取り上げられている。なんと『an・an』でも特集があった。「女の子も…気になる! 魅惑の“春画”ワールド」「発見! 江戸時代の大人のおもちゃ」、背景色はピンク色でハートが舞っている。一方、男性誌の『週刊ポスト』や『週刊現代』では、現代の性的コンテンツと並べられ、ときには「袋とじ」になっている。

・なぜ日本で春画展ができないのか
 美術館や博物館の人たちは、こうしたらできる・できないという具体的なことではなく、漠然と何かを恐れているように思える。
 展覧会に関して最終決定権を持つ人が春画にどういうイメージをもっているかに左右される。ある程度の年齢以上の人たちには、春画は否定すべきものという考えが根強い。「日本の文化が春画的なものだと思われたら困る」というコメントもときどきある。
 大英春画展の巡回について、交渉してきたのは主に東京の美術館・博物館。東京を選んだのは、春画は虐げられたり隠されたりするものではない、という春画展チームの意図が伝わりやすくなると思ったから。東京という条件を外せば可能性はあるかもしれない。また、大英博物館での展覧会そのままの巡回ではなく、違う形でやることも考えている。


4 日本での開催に向けて+ディスカッション
 春画展の意義、役割、展示の仕方はどうあるべきか。そもそも、春画展は日本で開催すべきものなのか。

春画展実現に向けて(ディスカッションの中で)
 実物を見ることで、それがどうやって生まれてきたのかに思いを馳せることができる。/春画をめぐる問題が、博物館・美術館に何ができるのか、どういう論理でできるのか、の試金石となる。/「日本文化への誤解」を恐れるのではなく、一般の鑑賞者の知性をもっと信頼してほしい。/博物館は人類のすべての文化に開かれているべき。/ポルノグラフィという言葉をどうつかうかという問題。大英春画展では使っていないが、それを受けて、大英博物館はお高くとまってる、という反応も。


 発表の最後に、『葛飾北斎 萬福和合神―浮世絵春画リ・クリエイト版―』の紹介も。かなり凝ったつくりで、その分高価……そのうち廉価版も出るらしい。
http://www.heibonnotomo.jp/kayoukyoku/id401.htm


―――
 研究会二つめの発表は、鈴木堅弘「春画・舌耕芸・説話 ―近世前期の話芸の「場」から考える春画の笑い―」で、春画に欠かせない「笑い」の要素を、話芸との関連から見ていこうというもの。とくに、春画の描かれる現場に舌耕者(話芸の担い手)がいたという話が興味深かった。春画は(絵師の独創ではなく)共同作業によって作られており、そこに物語・ネタ担当が存在していたという可能性。

*1:ほとんどの春画は1セット12枚で制作・販売された。今回は展示スペースの都合もあり、各シリーズ6枚ずつ展示。